君子豹変

金地金を買いました。

 金地金を買いました。とりあえず5gのものを沢山。5gの金だと、最悪の事態が起こった場合に、その物で貨幣になると考えて。1ozの金貨だと現在83000円程度だが、さらにインフレや相場の上昇を考えて、10万円硬貨になると考えたとすると、通貨としては使えない。財産の保護の目的ならば500g地金だろう。売買手数料がかからないし、身分証明もいらないだろうから。
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そろそろ金地金を買おうかと思う。。。

 今日、円が下がったところで持っていた残りのドルの大部分を売ってしまった。色々な状況を考慮すると、さらに円高ドル安が進行する可能が高く、これ以上、円安ドル高になる見込がないからだ。

 また昨日から明確な効力のある根拠がなく、日経平均が7000円を割ったところから右肩上がりに上がり始めた。ついに政府が郵貯と簡保を投入して、株価の買い支えを始めたらしい。またこれまで投入してきた年金も尽きたという事も分かる。

 金融システムの根本的な問題が解決されないまま、ドルがさらに暴落し、株価もさらに歯止めのきかない下降線を辿る状況になると、 年金、郵貯、簡保、銀行、生保が破綻する状況になってしまう。特に郵貯の自己資本比率は銀行の比にならない程低く、いくら企業に融資をしていないとはいえ、大損を出した場合にはあっという間に破綻してしまう恐れがある。実体が民間の金融としては成り立たない程の状況にある。これで一番ましだと思われた郵貯が一番危険になってしまった。

 こうなると金の値が上がる前に、貨幣としての金地金(現物)を買っておくのが良いだろう。また食料、水の備蓄もそろそろ始めようと思う。何、馬鹿な事を言っているのか?と言われるかもしれないが、そういう状況なのだ。数字で見た場合、世界の信用収縮の規模が日本の年金と郵貯と簡保。。。を全て足しても桁が違うのだ。つまり何をやっても焼け石に水の状態で、リセットされるのが時間の問題だと判断されるからだ。

 ドルが終わり、AMEROという通貨に変わります。
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混んでいる食堂で左利き

 混んでいる寿司屋で食事をした。自分の右隣に左利きの人が座って、肘を横に出しながら、食事をしていた。言いづらい事だが、非常に邪魔だった。もっと人に気を遣うべきだと思う。左利きの人は一般的に器用で両利きになれる人が多い。そういう場面では是非、皆に合わせて右手で食べてもらいたいものだ。
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鳥越祭と通り魔殺人事件

 昨日今日と鳥越祭で、近所をたくさんの御神輿が行ったり来たりし、祭りのはっぴ姿の人達で溢れていた。大通りも通行止めとなり、大勢の警官が出動していた。町中が賑やかで楽しい雰囲気に包まれていた。

 そんな中、昭和通りをはさんだ反対側の秋葉原では悲惨な事件が起こってしまった。男がトラックで次々と人をはね、その後、無差別に人を刺し、大勢の死傷者が出た。

 私は早朝から武術の稽古に行っていて、今日は刃物を持った人を素手で押さえ込む稽古をしていた。夕方、スタッフからのメールで事件を知った。仕事柄、仕入等でよく行く場所でだったので事件に巻き込まれていないか、心配だったとの事。そもそも自分が武術を始めたきっかけは深夜に泥棒を捕まえた事から始まる。物騒な時代なので刃物等の凶器を持った犯罪者を押さえ込む技術を持っていないと、いざと言う時に大事な人達を守れないと思ったからだ。

 もし今回の様な現場に居合わせた場合、日頃から訓練をしている人間は即、対応できないと意味がない。。。と思い、自分の精神をそういう状況に慣らす意味でも、その悲惨な殺人現場に行き、その雰囲気を感じて来た。

 現場に行く途中、大きな病院でもテレビ局の車が止まり、報道陣が取材をしていた。現場にたどり着く前から慌ただしい状況を目にした。現場に着いたのは暗くなってきてからで、事件が起こってから数時間が経過していたが、依然、大勢の人だかりが出来ていた。テレビ局各社の取材がなされていて、取材を受ける人達、ビデオカメラで撮影する人達、携帯カメラで撮影する人達、パソコンを広げている人。。。が集まっていた。現場の目の前にあるソフマップのビルは閉店していた。

 テレビのニュースでは分からないが、辺りには血を洗い流した水が大きな水たまりとなり、花束が置かれ、辺り一面には線香の香りが漂っていた。冷めざめとした力の抜ける様な雰囲気があたりを覆い、何となく人々が恐怖でおののく姿、失われていく命に気を落とす人達の姿が目に浮かぶ気がした。そのような環境に置かれた自分を想像し、冷静に対処する為の心の在り方を模索した。

 被害者の方々には心よりご冥福をお祈りします。

 ただやはり、大勢の人達がいながら、犯人を押さえ、被害を最小限に食い止める人達がいなかった事、警察官まで刺される失態をおかしている事。。。日本人の平和ボケというか、甘さを感じざるを得ない。こういう事件がいつでも起こりうる時代に生きている事を認識しなくてはいけない。

 「平和主義」と行って武力放棄を唱えている人に言いたいが、話し合いで解決しようと思ってもそれが通じない人達がいる。そういう人達には武力で対応しなくてはならない。その時の武力は、人を害する為の物でもなく、自分に欲求を満たす為のものでない。人を助ける為のものである。

 貴方の家族が気の狂った人に殺されそうになったら、どうしますか?

 せめて家族を守る為にも、日本の男もそれなりの訓練と鍛錬をするべきだと思う。
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アメリカ議会が商品先物取引の規制を強化。。。当然でしょう。

 原油や穀物の先物取引で、価格操作を行った場合の罰金が10万ドルから100万ドルに上がるという規制強化。根本的な規制ではないので、それ程の効果はないと思われるが、投機的な取引に対して具体的な対策がなされた点では意義があると思う。

 日本ではこの程度の事も行えないだろう。儲かっている業界、企業と役人の癒着が強いので、利益を損なう様な法案は通らないし、それ以前に作られないだろう。

 もっと民意を政治や法律に反映させる工夫は行わないのだろうか?インターネットや地デジを見ても分かるが、民意を収集しやすい時代となっている。民意を行政や立法に反映させる仕組を作るのは十分可能なはずだが、それはなされないだろう。民主主義とは言っても一般大衆に出しゃばられては都合の悪い人達がいる。教育とは「賢い人間を作らず、馬鹿な人間も作らないもの」という考えが今も日本には根強く存在するように思う。欧米先進国と比較するとそう思わざるを得ない。日本では、どこかの国で始めて、メディアに取り上げさせ、それをネタに世論を高めるしかないだろう。

 日本には「フェア(公正)」という意識が足りない。
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金色の綺麗な魚達が来ました!

 ディクソン・ゴールデンという名前のついたディスカスです。見ていて惚れ惚れする様な綺麗さです。人間が原種を掛け合わせて行って作った金魚の様な魚ですが、芸術作品です。

ディクソン・ゴールデン
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ハナダイ達の根~蝶よ花よ~



西表のとあるダイビングポイントで私が好きなところの1つです。

色々な色のカラフルな「ハナダイ」という魚達が蝶の様に1つの根のところで舞っています。
根の下は真っ白な砂地、海は澄み切った青。。。
じっと見ていると夢うつつな世界に溶け込んで行きます。

誰もが海の中にもこんな綺麗な世界があるんだなーと感激する事と思います。
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事故死3日前の兄貴分の姿

 丁度、高校に通っていた頃の話。将来、一緒にコンピューター関連の会社を作ろう!と持ちかけていた兄貴分がいた。その当時のコンピューター仲間のリーダー格だった人で、彼はいつの間にか、たまり場となっていたコンピューターショップの店長になっていた。その頃は自分は夢に燃えて勉強に夢中になっていたので、コンピューター仲間とは疎遠になっていたが、たまたまその日に限って高校からの帰宅時に遠回りをして、コンピューターショップの前を通った。

 丁度、コンピューターショップの前を通り過ぎようとした瞬間に突然、自転車のチェーンが外れた。自転車から降りて、チェーンを元通りにしたのは良いが、油で手が真っ黒になってしまった。丁度、都合が良い事に店長が兄貴分だったので、ドタドタと店に入って行って、図々しく手を洗わせてもらった。久々だったので店のカウンターに座り込んで兄貴分と色々な話をした。

 その時、奇妙な事に兄貴分の腕から肩にかけてのラインが白くモヤモヤとぼけていた。視力2.0の自分の目がおかしくなったのかな。。。疲れているのかな。。。ととても気になったのを覚えている。それから丁度3日後にコンピューター仲間の1人から電話があった。兄貴分が事故死したと。。。

 事実だと信じられなくて、コンピューターショップに行った。そこにはビニールシートがかけられた車があった。フロントが潰れた確かホンダのCR-X。。。兄貴分の車だった。それから仲間と兄貴分の家に行った。顔に傷を負った兄貴分が木の箱の中で眠っていた。そしていつも行くと喜んでくれていた兄貴分の母親が泣き崩れていた。

 悲しみが和らいだ頃、亡くなる3日前に会った時の事を思い出した。体の線がモヤモヤとぼやけていた事。ずっと疑問に思っていたが、やはり20代にその現象の答えに辿り着けた。人は死の数日前位から湯気の様に魂が抜け始めるという事。それを止める事は出来ないのか。。。浅はかながらそう思い始めた。
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死ぬ直前の目の様子

 生まれ育った環境がある意味特異だったかもしれない。人の生死と深く関わった環境で育ち、10代はその事を色々と考えてきた。親の持っていた死生観を聞かされ、それは間違っている気が付きながらも、模索し、幸運にも20代には答えに辿りつく事ができた。しかし答えの先には新たな問題が待ち受けており、模索は続く。

 亡くなる直前の祖父の目はとても印象的でよく覚えている。死ぬ間際になると人間のチャンネルが物質世界、現象世界から魂の世界に切り替わり始める。ちょうど昔のダイアル式のテレビチャンネルが変わるかの如くである。亡くなる人が見ている先はどこなのか。。。そう思ってその人の目を見ていると、生きている人とは違う先にの方に向いているのに気が付く。

 最近、気が付いたのは人間だけでなく他の生き物やはり同じだという事。死が近づいてくるとチャンネルが変わり始める。やはり目つき、見ている先は変わり始める。死の原因はガンかもしれないし、事故かもしれないが、その原因にかかわらず、死は近づいてきて、現象として色々な形で現れ始める。

 思い出すのはオーソン・ウェルズのSFの「タイムマシーン」。恋人が銃で殺された物理学者がタイムマシーンを作って過去の世界に恋人を助けに行き、歴史を変えようとする。しかし銃で殺されなかった恋人は、馬車に引かれて死んでしまう。死の原因を変えられても、死の結果は変えられない。これはある意味で真実。ただ実際は、寿命を延ばす法もある。ただその代償として求められる物も大きい。

 医者はもっと病気について追求しなくてはならない。病気は「気の病」と書くが、「気」という物自体が既に物質を超えている。西洋的に唯物的に追求していくのには限界があるのは明らかで、浅い物質レベルの反応経路を阻害する程度である。エネルギー的に負の方向に走っている1つの物質経路を阻害しても、新たに別な流れが出来るだけでエネルギーの方向性と強さは変わらない。丁度、昔の関東平野の三角州を流れる利根川の如くである。

 物質の本質とはどういうものか?また本質における次元での世界はどんな世界か?

 相対性理論的に考えても、人間の日常的な固定された物理世界よりももっと多くの要因に左右される世界である事は容易に想像できる。逆に言うと日常目にする物理世界はかなり近似された世界であり、その近似している条件も無視できないような世界である事も想像される。例えば、今や当たり前の様に皆の車に積んであるカーナビでさえ、相対性理論の基づいて計算されているから正確に測位できている。皆が当たり前だと思っている近似された固定された物理世界の方程式だけでは正確な結果は出てこない。

 またまた脱線してしまったが、病気の「気」というものは「気功」の「気」とはまた違うところにある。今の西洋医学がレベルが低すぎる。最新の西洋物理の方向からでも追求していけるはずである。試験管とにらめっこしている時代は終わりです。相対論的に量子論的に物質世界の姿を掴んだ上で、その視点から人体を追求していけば糸口は開くはず。
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盲目のテノール歌手、アンドレア・ボチェッリ、神の声

 テノール歌手のアンドレア・ボチェッリさんは、先日、来日してコンサートを開かれていた。コンサートに行った知人の紹介で聴いたが、心が洗われる様な感じがした。神の声と賞賛される意味も分かった気がする。

 もともと幼い事にサッカーでの事故で頭に障害を負い、それから視力を失ったらしい。そういう苦しみの中でも、歌から伝わってくる至福の雰囲気は確かにこの世の歌とは思えない。一度聴かれる事をおすすめします。

セイクリッド・アリアズ~アヴェ・マリア

は、とても素晴らしく感動します。
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