君子豹変

心のゆとりのある人達はどこへ行った?

 最近の世情を見ていると怒りたくなる事が多々ある。平気で道理の通らない主張、行為、政策がまかり通っている。また問題に上がっても潔く責任を取る者も現れない。特に今の日本の人達は目先の損得でのみ動いている。損する事は廃止する。得しそうな事はこぞって飛びつく。しかしそういう人達は結局、金に愛想をつかれ、金を追いかけながら、金に逃げられている。卑しすぎる。。。

 儲からなくても損しても、損得に関わらず素晴らしい事、社会的に意義のある事には金を出す。。。たとえ大きな儲けになっても、人の道を外す事、社会的にマイナスな事ならばしない。。。こういう風に心にゆとりのある人達はどこへ行ってしまったのだろうか?ほとんどいなくなってしまったようだ。

 たとえ金へのゆとりはなくても、心にゆとりを持つことは誰でもできる。

 ポケットに100円しかない。でもその100円でパンでも買って飢えている人に与える事ができる人は全財産を人に施す事のできる心豊かな人である。また1000万円の貯金を持っていても1000円しか人の為に使えない人は100円よりも金額が多くても、1万分の1しか心のゆとりのない可哀想な人である。1億円の資産を持っていても、人に全く与える事なく、マネーゲームをしながら金ばかり追いかけている人は救いようのない人である。

 人の為に尽くすという事は自分の身を削る事である。量ではなく、どれだけの割合の身を削れるか。。。そこに人の価値がある。結局、最後には全財産100円を人の為に使える人のところに、金が集まってくるようになるんだよね。

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